2019年の振り返り(マラソン編)

人はおっさんになると、なぜ走りだすのか

エンジニアがすごく頑張ってサブスリーしたよって話に感化されたので、特になにか目標を達成したわけではないし、サブ3には遠く及ばないけど、今年のマラソンの振り返りをまとめていく。

2018年の夏からダイエット目的で走りはじめ、今では月間100kmほど走っているので、ランニングの習慣をついたと思う。最近は寒いのでサボりがちだが…

MINATOシティハーフマラソン2018 (12 / 02)

去年の話だけど、走りだしてから初めての大会で緊張した。港区のハーフマラソンで東京タワーを起点とした都市型のマラソン大会。制限時間がちょいと厳し目の2時間半で、走る前から完走できるか不安だった。

結果、2:29:29とギリギリだったw 練習でも10kmくらいしか走ったことがなかったので、21kmは未知の領域。案の定、15kmくらいから足が痛くて動かなくなり、歩く時間が多くなっていた。この大会はゴールが東京タワーなんだけど、そこに至るまでのラストの坂がエグくて、死にものぐるいで頑張った記憶。

八丈島パブリックロードレース(01 / 13)

ちょっとマラソン旅行したくて、参加した。八丈島を一周する分かりやすい大会。せっかく旅行するので、欲張って、前日、八丈富士に登山してしまい、当日に疲れを残してしまったw

コースは地味に嫌なアップダウンが多く、プラス、スコールのような雨が終始降っていて、なかなかタフな大会だった。前回から足腰を鍛えるために週イチで登山をしていたせいか、足は大丈夫だった(疲れて歩いていたが)。ちょっと成長を感じていたが、タイムは2:27:11の2分速くなってただけで、ちょっとしょんぼりした(´・ω・`)

鹿児島マラソン(03 / 03)

人生一度は東京マラソン出たいなとは思いつつも、気づいた頃にはエントリーが終わってたので、同日の裏番組である鹿児島マラソンに参加。1万人くらいの参加エントリーのある大きい大会で、終始、人に囲まれながら走る体験をした。

初マラソンで、20kmくらいまでは順調に走れていたが、以降はペースが落ちだして、30km以降は歩いていた。ほんと苦しくて、足痛くて、40kmくらいでも棄権してやろうと思っていたけど、なんとか歩きながらゴールして、5:53:38だった。スタート前は5時間切れたら嬉しいなと思ってたけど、ぜんぜんだった。でも達成感はいっぱいだった。

スポニチ山中湖ロードレース(5/26)

富士山を見ながら山中湖を1周半くらいする景色が良いハーフマラソン大会。5月だけど山中湖なので涼しいかなと思ったけど、28℃くらいになってて、暑さの恐怖を知った大会。 足は痛くならなかったのだけど、そんなにスピードも出してないのだけど、変に心拍があがっていくのを感じて、後半は歩きっぱなしだった。制限時間2時間45分の大会だったけど、2:44:58でこれまたギリギリ完走できた。

この大会にのぞむにあたって、低酸素トレーニングしたり、カーボンシューズを買ったりと、いろいろ頑張って挑んだのに、初マラソンより15分遅いってどうよ?おれってなんなん?って絶望して、ランニング辞めようと思ったほど。まぁでも山中湖が標高1000mくらいにあって酸素も低地に比べて90%になってるらしいし、プラスあんな暑さで走るのは普通じゃない(レース中も救急車がひっきりなしで熱中症で倒れたランナーを搬送していた)ので、まぁこんなもんだと自分を納得させた。

函館マラソン(07 / 07)

2度目のフルマラソン。完走メダルが五稜郭の形でかっこいい!この大会は制限時間が5時間半で、前回のマラソン自己記録を30分も更新しないと完走できないので、かなりプレッシャーのかかった大会だった。だいたい30kmくらいまでは足がもったような気がしたが、やっぱりそれ以降は足が痛くて歩くようになった。そんで制限時間もギリギリなので、関門時間ぎりぎりで通過したり、リタイアしたランナーを収容する最後尾のバスが常にチラチラ見えて、だいぶ焦ったけど、5:21:03で、またギリギリで完走できた。

最後の方は足も限界で、完全に自分との闘いで、脳内でスラムダンクの桜木花道が背中を痛めつつも山王戦を戦ったシーンを自分に重ねながら走ってたw『オヤジの栄光時代はいつだよ…全日本の時か? オレは………オレは今なんだよ!』って。

Over Night 60km みちくさウルトラマラソン(08 / 10)

季節は夏なのでランニングシーズンOFFの期間だけど、面白そうなので夜通し走るウルトラに出てみた(午後6時スタート、翌午前6時まで)。ウルトラっていっても100kmとかじゃないし、フルにプラス20kmだし、制限時間も12時間で余裕でしょ!と思ってたけど、まぁ、案の定35km以降は足が痛くなって、辛かった。横浜から箱根湯本まで走るんだけど、箱根が遠い、遠い。

夜中に湘南の海沿いを走るんだけど、暴走族がひっきりなしに爆音をたててだいぶうるさかったくらいしか記憶がないけども、これまた11時間45分くらいでギリギリ完走できた。レース後も完全回復するまで2週間くらいかかった気がする。

天童ラ・フランス マラソン(11 / 03)

マラソンシーズンが始まり、これまたマラソン旅行で山形の天童市のハーフマラソンに参加した。天童は将棋の駒でも有名で、それ目当てでもあった。だが前日入りは特に観光もせずにおとなしくホテルで早めに寝た。

コース自体、結構、山を登るかたちになるんだけど、もちろん下り坂もあって、調子こいてスピードあげたりしてたんだけど、最後まで走りきれた初めての大会だった。前半抑えつつ、ラスト3キロくらいからはペースあげて、結構人を抜いてるときは、『あぁ、俺レースしてる』って感慨にふけっていたw 結果、2:18:59で上気分でした。

MINATOシティハーフマラソン2019 (12 / 01)

一年間の集大成として、前回大会の記録をいかに超えれるかベンチマークの意味でも重要な大会。といっても、大会1週間前に届いたNike Zoom Fly 3で走るという無謀な戦略だったが、これが功を奏した。

自分的にはキロ6分30秒くらいで走ってる感覚なんだけど、実際はカーボンの力か、キロ6分ちょうどくらいで走れていて、2:08:40の成績だった。1ヶ月前のレースからたいして練習もしてないし、そんなにすぐに成長するはずもないのに、10分も記録縮めれたってどうよ?カーボン最高!ってなった。こりゃみんな高くてもヴェイパーフライ ネクスト%(ズームフライの上位版)買うよなって思った。

まとめ

そうゆうわけで、来年もサブ5、サブ4を目指してがんばっていきたいと思うけど、どうして、こうもランニングを習慣化できたのか、考えてみると身近によいロールモデルがいたのが大きかったように思う。

@kitakは地元の後輩でもあり、いつもNike Run Clubで僕の月間走行距離を上回る距離を走っていて、よきライバルというとおこがましいが、いつもいい刺激となってくれている。いつか抜きたい!

元上司(?)でもある@a_d_m_a_nは、完全に憧れの存在で、UTMF(国内最高峰のトレイル大会)という富士山の周りを170km走るレースを完走するくらいの実力者(今年のUTMFはほとんど完走した人はいなかった)。いつかは僕もあーなりたいと思わせてくれる。

というわけで、なぜ人はおっさんになるとランニングか山に登りだすのか(もしくはその両方か)、わからないが、来年も健康でありたい。